衆楽園
旧津山藩別邸庭園(衆楽園)は、津山藩二代藩主、森長継公が京都から小堀遠州流の作庭師を招き、京都の仙洞御所を模して築いた池泉回遊式の大名庭園で、同じ様式の後楽園よりも古く、国の名勝に指定されています。
(入園無料で、数台程度の観光客用の駐車場もありました)
(入園無料で、数台程度の観光客用の駐車場もありました)
現在は、南北に長い敷地で、大半を池が占めていますが、往時の敷地面積は約74,700平方メートル(東西約256m、南北292m)で、現在の3倍近くあったそうです。
津山まなびの鉄道館
2016年4月リニューアルオープンした津山まなびの鉄道館は、国内に現存する機関車庫としては梅小路機関車庫(京都市)に次いで2番目の規模を誇る「旧津山扇形機関車庫」や収蔵車両を中心とするさまざまな展示と憩いの施設で構成されています。
扇形機関車庫には、新たに収蔵された蒸気機関車「D51 2」をはじめ、日本に1両しかないDE50形ディーゼル機関車「DE50 1」など計13両が展示されています。
人気の蒸気機関車「D51 2」の前には記念撮影用のプレートが置いてありました。また、旅立ちの汽笛もこの車両の傍に設置してあり、鳴らされる時間になると放送があって観光客がこの前に集まってきます。そして、鉄道員(JR西日本の職員?)らしい人が汽笛を鳴らします。その音の大きさに驚かされました。
あゆみルーム・しくみルーム・まちなみルーム・まなびルームなど、鉄道の歴史や仕組みを学べる施設も設けられています。
神楽尾城
神楽尾城は、津山市街の北西(美作国のほぼ中央)にある神楽尾山(標高308m)に築かれた大規模な山城で、本丸・二の丸・三の丸・馬場・武者溜り・櫓などからなり、多くの空堀や土塁で守られた城だったようです。(山頂の本丸跡は見晴らしよく整備されていて、360度の眺望を楽しむことができました)
室町時代、山陰の山名氏と播磨の赤松氏が美作の支配をめぐって繰り返し戦いを繰り広げ、その都度、神楽尾城の攻坊が行なわれたことが記録されています。
時は移り、永禄9年(1566)安芸の毛利氏が山陰の尼子氏を滅ぼすと、美作の諸城はそれぞれ、毛利氏・宇喜多氏・浦上氏の配下に属することになりましたが、神楽尾城は、毛利氏に属したそうです。













