津山城(鶴山公園)

 津山城は、今の岡山県津山市にあった城で、現在は復元整備された備中櫓以外にこれといった建造物はありませんが、往時には5層の天守閣がそびえ、広島城の76棟、姫路城の61棟に続き、日本で3番目に櫓の数の多い60棟の櫓を擁する壮麗な大城郭だったそうです。

備中櫓

備中櫓

 関ヶ原の戦いで東軍に味方した論功行賞で慶長8年(1603)美作国津山藩(18万6500石)に入封してきた森忠政(森蘭丸の弟)が、翌年から13年の歳月をかけて、もと山城のあった丘陵(鶴山)に、全国でも有数な規模を誇る実戦に備えた城を築いたといわれています。
登城道

登城道

森忠政公

森忠政公

三の丸跡に続く通路

三の丸跡に続く通路

 森氏は4代95年にわたって美作国を治めましたが、4代藩主長成に嗣子がなく、元禄10年(1697)改易になりました。その翌年、越前松平家一門である松平氏が入封し、以後、明治4年(1871年)の廃藩置県まで9代174年にわたって藩主として津山を治めました。

三の丸跡

三の丸跡

表中門跡

表中門跡

表中門跡付近

表中門跡付近

 明治6年(1873)廃城令によって城郭は公売され、翌年から一切の建物が取り壊されましたが、その後、明治33年(1900)城跡は鶴山公園として津山町の管理となり、昭和38年に国の史跡に指定されました。

二の丸跡から見た備中櫓

二の丸跡から見た備中櫓

切手門跡

切手門跡

表鉄門跡

表鉄門跡

 現在、城跡は鶴山公園として整備され、春には1000本の桜が咲き乱れる桜の名所となっています。

本丸跡

本丸跡

 津山城は、城下からの比高差約50mの鶴山に壮大な石垣を築いて三段に整形し、上から本丸・二の丸・三の丸としています。
そこには備中櫓をはじめ、粟積櫓・月見櫓など数多くの櫓が立ち並び、本丸には70余の部屋からなる御殿と庭園があったそうです。

 私が行ったとき花の時季は過ぎていましたが、本丸跡の地面には、本丸御殿の形状を復元するように芝桜が植えられていました。

備中櫓の棟鬼瓦

備中櫓の棟鬼瓦

備中櫓の内部

備中櫓の内部

釘隠し(備中櫓内)

釘隠し(備中櫓内)

 本丸御殿の南西端に備中櫓が復元されています。
森忠政は長女於松池田備中守長幸に嫁がせており、その長幸が津山城を訪れるのを機に完成したのが備中櫓だったようです。備中櫓の棟鬼瓦にも建物内部の釘隠しなどにも、森家の鶴の家紋が入っていました。

備中櫓の格子窓

備中櫓の格子窓

天守台跡に続く通路

天守台跡に続く通路

天守跡へ続く石段

天守跡へ続く石段

 津山城の天守は、地上5階建て(地下には穴蔵を備えていました)の、最上階以外は唐破風・千鳥破風などの装飾のない質実な造りで、高さは石垣を除いて約22mという、当時の5層の天守としては最大規模のものだったようです。
 各階には数多くの弓狭間や鉄砲狭間が並び、1階の4隅には石落としが設けられていたそうです。

天守台跡(中央は穴蔵部分)

天守台跡(中央は穴蔵部分)

天守台跡から見た備中櫓

天守台跡から見た備中櫓

粟積櫓(小天守)跡付近

粟積櫓(小天守)跡付近

もみじの小径

もみじの小径

裏鉄門跡

裏鉄門跡

裏中門跡

裏中門跡

裏下門跡

裏下門跡

 周辺にはいくつか駐車場がありますが、観光客用の駐車場として、津山観光センター駐車場や鶴山公園専用駐車場が無料で利用できます。

※ただし、さくらまつり(4月1日-4月15日)期間中は、上記の駐車場も他の臨時駐車場などと同じく有料になるようです。

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