天気がよさそうだったので、以前から予定していた大山寺に行ってみました。車を大山寺橋手前の南光河原駐車場に置いて、ゆったりと散策・参拝しました。

御幸参道本通り
駐車場を出て大山寺橋を渡り、そのまま真っすぐ進むと大山寺の山門に続く御幸参道本通りに出ました。参道の途中にある大山寺宝物館霊宝閣には、帰りに寄ることにしました。

大山寺山門
大山寺は、奈良時代の養老2(718)年の創建で、朝廷や幕府・国司・守護大名・在地領主などを壇越として発展し、14世紀には僧坊が250あったとも、最盛期に6万石を領知したとも伝わりますが、その後近世初期には検地などによって領地の多くを失い衰退したようです。

大山寺本堂
角盤山 大山寺(天台宗別格本山)は、地蔵信仰を核とする極めて稀な山林寺院として、山陰・山陽に信仰圏を広げながら発展していったといいます。現在の本堂は、昭和26(1951)年に再建されたもの。

大神山神社奥宮の鳥居
大山寺山門の石段下左側に石造の明神鳥居(国指定重文)があり、「大神山神社奥宮にはここを通って参拝するのが正式なルートだろう」と、大山寺本堂のところからこの場所に引き返しました。

石畳の参道
石造の鳥居のところから大神山神社奥宮へと続く参道を少し進むと 日本一長い自然石の石畳 といわれる小道となります。写真にある長さ1mほどの橋(無明橋)の裏には金剛経が刻んであり、この橋を渡ると一切の罪障が消滅するそうです。

僧兵の力石
傍にあった説明板に 大山寺の僧兵は約五百年の昔その数三千人と言われ、勇猛無比その勢いは大山颪と言われ山陰を風靡したが、平時この力石で力を競ったと伝えられる。 とありました。

大神山神社奥宮 二ノ鳥居
僧兵の力石のところからさらに上って行くと、銅造の明神鳥居(国指定重文)がありました。

本坊西楽院跡
銅造の明神鳥居のところから少し上ったところに、本坊西楽院跡がありました。大山寺は近世初頭の検地で寺領が減らされましたが、豪円僧正の尽力によって慶長15(1610)年に寺領三千石が安堵され、西楽院を本坊とする一山管理が始まったそうです。

本坊西楽院跡の石垣
近世後期には、本坊西楽院の6,000m2を超える広大な敷地周囲に高い石垣がめぐり、敷地内には「御殿」と呼ばれた立派な建物が建っていたそうです。

大神山神社奥宮神門(後向き門)
この神門は、もとは大山寺の本坊西楽院の表門で、明治8(1875)年に大山寺号が廃絶された翌年に西楽院も廃寺として壊されることが決まり、後に大神山神社奥宮神門として現在地に移設されたもの(鳥取県指定文化財)のようです。

大神山神社奥宮神門(後向き門)
写真の左側が門外・右側が門内ですが、取り付けてある閂を通す金具(白い紙か布が結んである)から分かるように通常の門とは逆に扉を閉めたときに閂が門の外側になるようになっているので、後向き門といわれるようです。

大神山神社奥宮
大山寺は明治維新で寺領を失い、明治8(1875)年には寺号廃絶のうえ、神仏分離によって本社の大智明権現社が大神山神社奥宮と定められました。
社殿は、寛政8(1798)年の火災で焼失し、文化2(1805)年に再建されたもの(国指定重要文化財)で、国内最大の権現造りだそうですが、私が行ったとき修繕工事中でシートに覆われていて、正面に社殿の写真(絵かも)が掲げられていました。

下山神社
大神山神社奥宮の東側にある下山神社の下山明神信仰は、14世紀中頃から始まり、戦国大名にも信仰されたといいます。(こちらの社殿も寛政8年焼失、文化2年再建)
大神山神社のご神体は社殿の修繕工事に際して下山神社に遷されたようで、「お仮殿」の表示が出ていました。

天狗茶屋
昼食は、大山寺山門の石段下にあるいっぷく処天狗茶屋で大山おこわ御膳(税込1,150円)をいただきました。

阿弥陀堂参道
昼食後に、佐陀川の西側(圓竜院の近くにPあり)に車で移動しました。阿弥陀堂は私が行った18日が丁度月1回の拝観日のようで、ラッキーでした。

阿弥陀堂(国指定重文)
大山寺阿弥陀堂は、室町時代末期の天文21(1552)年に建立された建物で、大山寺境内に現存する最古の建築物だそうです。

木造阿弥陀如来及び両脇侍像(国指定重文)
木造阿弥陀如来坐像は、丈六(266cm)の仏像で、天承元年(1131)大仏師良圓により栃の木をくりぬいて一木造で作られているそうです。両脇侍像は、向かって左側が勢至菩薩立像、右が観世音菩薩立像。意外にも、撮影OKでした。

大山寺洞明院
大山寺洞明院は、大山寺に残る昔のおもかげを残す数少ない支院の1つだそうです。

大山寺塔頭圓流院
圓流院は、現在の大山寺支院10ヶ院のひとつで、ご本尊は地蔵菩薩。阿弥陀堂と同じく18日が月1回の拝観日のようで、ラッキーでした。

圓流院の天井画
圓流院には110枚の天井画があり、そのうち108枚が水木しげる作品の妖怪キャラクターのものだそうです。”こなきじじい” とか ”一反もめん” など私にも分かる妖怪もあって親しみが持てました。ここも、撮影OKでした。