
北ノ庄城址

柴田勝家公像
北ノ庄城を築いた柴田勝家

お市の方と三姉妹
勝家は、尾張に生まれ、織田信長の重臣となり、天正3年 越前一向一揆を滅ぼした信長から越前49万石を与えられ、北ノ庄城を築きました。
信長の亡き後、羽柴秀吉と対立し、天正11年(1583)4月 賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れ、同月24日 北ノ庄城でお市の方と共に自刃しました。(享年62歳)
《辞世の句》 夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲井に揚げよ 山ほととぎす
(勝家はお市の方に娘と共に城を出るように諭しましたが、お市の方は娘3人を秀吉の陣に送ったのち、北ノ庄城で夫婦静かに盃を交わし、辞世の和歌を残して自刃しました)
お市の方は、織田信長の妹で絶世の美女といわれ、近江の浅井長政に嫁ぎ、一男三女をもうけました。
しかし、やがて長政は信長に滅ぼされ、天正10年(1582)10月 3人の娘を連れて柴田勝家に再嫁しましたが、僅か半年後の翌年4月 秀吉に敗れた勝家と共に自刃しました。(享年37歳)
《辞世の句》 さらぬだに うちぬる程も夏の夜の 夢路を誘う ほととぎすかな
このお市の方の画像は、淀殿の命によって描かれたものだそうです。

北ノ庄城「想像図」(現地の案内から抜粋)
おまけ

恐竜



