岡山県瀬戸内市にある上寺山 餘慶寺に行きました。餘慶寺は、天平勝宝元年(749)報恩大師の開基と伝えられる天台宗の古刹で、往古には「日待山日輪寺」と称し、備前四十八カ寺のひとつとして栄えたと伝わります。
その後一時衰退したものの、平安時代に慈覚大師が再興して「本覚寺」と改め、その後に近衛天皇の勅願所となり「上寺山餘慶寺」と改められたそうです。
武家の時代には、それぞれの時代に備前を支配した赤松氏や宇喜多氏や池田氏の庇護を得て栄え、最盛期には7院13坊を数えたといいます。
現在でも6院(恵亮院、本乗院、吉祥院、定光院、明王院、圓乗院)が残っており、諸堂(観音堂、薬師堂、三重塔、地蔵堂、鐘楼、山王社、愛宕社、八角堂、阿弥陀堂など)が建ち並んでいます。これらの堂塔や院の多さは、岡山県内ではもちろん、中国地方でも珍しいようです。
国指定重要文化財の本堂(観音堂)は、1570年に建立、1714年に再建されたもので、室町末期の密教本堂の特徴を色濃く伝えているといい、祀られている本尊の千手千眼観世音菩薩は古くから「東向き観音」と名高く、多くの霊験をあらわしてきたそうです。
三重塔(高さ22m)は、源平の争乱で焼失した後、江戸末期になって再建されたもののようです。
薬師堂に祀られる薬師如来は古くから病気平癒の信仰をあつめたといいます。(裏側の収蔵庫に収蔵されている薬師如来坐像・聖観世音菩薩立像・十一面観世音菩薩立像などは毎年10月に行われる「寺宝展」で公開されるみたいです)
薬師堂に祀られる薬師如来は古くから病気平癒の信仰をあつめたといいます。(裏側の収蔵庫に収蔵されている薬師如来坐像・聖観世音菩薩立像・十一面観世音菩薩立像などは毎年10月に行われる「寺宝展」で公開されるみたいです)
梵鐘は青銅製で、その響きは備前八景に「上寺の晩鐘」としてあげられているそうです。九州に遠征した宇喜多秀家が戦利品として持ち帰り寄進したものだとか。
法華塔は、写経をこの塔内に納めるためのもので、もともとは源平合戦の頃に焼失したという旧三重塔のかわりに建立されたようです。
餘慶寺は、中国観音霊場の第二番札所・百八観音霊場の第3番札所であるとともに山陽花の寺24カ寺のひとつに数えられる花の名所にもなっているそうで、私が参詣したとき(2018年3月30日)境内に約50本植えられているという桜が見頃を迎えていました。
毎年4月1~8日ごろには「桜まつり」が開かれ、お抹茶などがふるまわれるカフェも営業されるようです。
<所在地>
〒701-4232 瀬戸内市邑久町北島1187















